Daily Archives: 2017年9月11日

『ごんぎつね』衝撃のラストシーンの理由は?

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「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。

兵十は、火縄銃をばたりと、とりおとしました。

青いけむりが、まだ筒口から細く出ていました。

 

兵十が病気の母親のためにとったウナギを、いたずら心からついとってしまったキツネのごん。

少しでもつぐなおうと、ごんは兵十の家の軒先に心づくしの贈り物をそっと置いてくるのですが…。

ごんの善意に兵十は気付かず、なんと兵十は、銃でごんを撃ち殺してしまうのです。

この衝撃のラストシーンが心に残っている方も多いことでしょう。

 

私がこのお話を小学校の国語の授業で読んだ時、やはり悲しい結末に心を痛めました。

罪を償おうとしたごんの気持ちが届かず、殺されてしまう姿が悲しくて、切なくて…。

この絵本のレビューを見ると、実際に泣いてしまう子どもも少なからずいるようです。

 

そして大人になった今、改めて読み直した時

「作者の新美南吉は、どうしてこういう結末にしたのかな?」

そう首をかしげてしまうのです。

 

なぜなら、この結末から読者が受け取るメッセージといえば

「罪を償っても、許されないこともある。」

「人間と動物は分かり合えない」

「人間は、他の動物に対して銃をもって圧倒する野蛮な生き物である」

ということになるのでは…。

 

兵中がごんの気持ちに気づき、撃ったことを後悔するシーンを描くことで、こうした人間不信ベースのメッセージが、多少は緩和されているかもしれません。

でも、ごんが生きたまま兵中に気持ちが伝わるというラストを作者が選ばなかった時点で、上記のようなメッセージが伝わるのを想定していたことでしょう。

子ども向けの物語にアンハッピーエンドがあってもいいとは思いますが、個人的には、人間不信のメッセージをこどもに与えたいとは思わないです。

人は、人との関わりの中で生きていくものなのに、人を信ずる心が折れていては最初から破綻してしまうから…。

子を持つ親であれば、多くの方はおそらく同じ思いではないでしょうか?

 

この物語は、大正時代の児童文学雑誌「赤い鳥」に掲載され、世に知られるようになった作品。

つまり、まぎれもなく子どもを読者に想定しています。

 

赤い鳥

赤い鳥

 

※出典元 http://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00narita.htm

 

新美南吉はなぜ、子どもに向けてあえて人間不信の要素のあるメッセージを含む物語を書いたのでしょう?

その答えを知りたくなり、彼の生涯をひも解いてみると…意外な発見があったのです

 

■『ごんぎつね』はティーンエイジャーの心の叫び!?

南吉がこの物語を発表した年齢を知って驚きました。

なんと、若干18歳

つまり『ごんぎつね』は、南吉がティーンエイジャーの時に考えたストーリーなのです。

そのころの写真がこちら↓

 

18歳

18歳の時の新美南吉。

 

※出典元 Under Zero

”新美南吉”という名前の響きから、なんとなく優しげな人を想像していましたが…。

実際はこんな勝気そうな顔だったなんて。目つきがキレッキレです!!

私がこの写真から受けた印象は「頭が良さそうだけど、なんだか生意気そう」。

 

実際どうだったのかというと、やはり彼は頭脳明晰で成績優秀だったそうで…。

そして相当負けず嫌いな少年だったようです。

そんな彼の性格を表すこんなエピソードがあります。

 

”南吉は半田中学校を卒業、教師になるべく岡崎師範学校を受験する。

成績については問題は無かったが、身体検査で不合格となる。

強烈な負けず嫌いの南吉はこの後、自分と同様の理由で不合格となった学友を意地悪くこきおろしたり、合格した親友を挑発したりしたかと思えば、日記でおおいに反省したりと、不安定な時期を過ごしている。”

※出典 underZero

 

合格した友人を素直に祝福できなかったり、不合格になった友人と励まし合うどころか、意地悪なことを言うなんて。

ちょっと心が狭いんじゃないか、と言われても仕方ないかも…。

相当、プライドが高いんでしょうか。

 

さらに幼少期に遡ると、彼はかなり複雑かつ寂しい思いをしていたようで…。

4歳で母親に死なれ、その半年後に継母ができ、さらには家の都合で養子に出されるなど、愛情を感じづらい環境に置かれていたようです。

それゆえに、人への信頼感を形成することができなかったのかもしれません。

実際に、彼の大人への視線は常に手厳しく、不信感を大いに抱いていたというエピソードもあります。

 

この2つの事実を見て思うことは、『ごんぎつね』は大人の立場から子ども達のために書いたのではなく、思春期の青少年が子どもに向けて書いた物語だったということ。

「大人はずるくて汚い!子供の気持ちなんてわかっていない!」

そんなメッセージの音楽にティーンが夢中になることがあります。

それと同じ構図で、『ごんぎつね』は、ティーンエイジャーの新美南吉が、子どもたちに向けて発した心の叫びだったのでは?

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つまり、大人への反発が原動力になって書かれた、かなりエッジの効いた物語。
そんな風に思えてなりません。

もしも彼が父親になっていたら、子どもたちが人間を信じられるような物語を書いていたのかもしれないですね。

現実は、彼は未婚のまま29歳という若さで亡くなってしまったので、想像の域を超えることはできないのですが…。

 

■読者に突きつけられる永遠の問いかけ

ただ、この2年後の20歳で発表された『手袋を買いに』には、彼の心境の変化を感じ取ることができます。

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「人間は恐ろしいものよ。」

手ぶくろを買いに行く子ぎつねにそう言って聞かせた母ぎつね。

けれど、人間が子ぎつねに親切にしたことを知り、こんな言葉をつぶやくのです。

「人間は、本当にいいものかしら。」

人間に不信を抱きつつも、でも人間を信じたい。

彼の本当の願いを、ここに見て取れる気がするのです。

もしかすると彼は「人間が信じるに値するものなのかどうか」を、創作を通して問い続けていた人なのではないでしょうか。

そして、この問いを突きつけられるからこそ、彼の書く物語がこんなにも心に深く残るのかもしれません。

 

 

【参考】

『日本の子供の文学史』飯干陽 著 あずさ書房

新美南吉記念館HP

underZero

 

 

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